はじめての避難記

令和元年10月に襲来した台風19号で避難指示を受けた際の思い出です。

  • 朝から避難勧告レベル4のアラーム
  • 市のHPでハザードマップ確認「家屋倒壊等氾濫想定地域」という一番ヤバそうなエリアに自宅がギリギリ入っていることが発覚
  • ワイフ実家が近いのでワイフと義母が何度かやり取り、台風ピーク前に判断しようということに
  • ワイフが避難準備進め1Fの荷物を上階にあげるなど作業
  • 17時頃?多摩川の水位がヤバそうなので避難することに決める
  • 一番近い避難所は家から徒歩1分で同じ浸水地域なので少し離れた小学校に向かう
  • 小学校に着くと結構人が来ている様子、特別教室棟の2、3Fが開放されているとのこと
  • 入り口で世帯ごとに避難者台帳?みたいなのを書く
  • ウチは環境学習室?みたいな教室に入りましたが、プライバシー重視系の人は廊下の奥まったところとか、それぞれ思い思いの場所にシートを敷いて腰をおろす
  • 意外と独りの人も多い、あとお年寄りと子ども連れ
  • 19時くらい?避難勧告が避難指示(緊急)が出たので来といてよかったねとなる
  • 毛布配布のアナウンス、避難者の中からお手伝いを募る
  • 他にも書いてる人がいましたが食料の配布はありません
  • 子どもと持ってきたパンをひたすらかじる、ワイフがサーモスで持ってきたお湯でコーンスープ
  • 子のテンションがこの辺でMAXに
  • 22時消灯予定のアナウンス
  • 21時くらいから歯を磨いたりして徐々に就寝体制に
  • 22時消灯、私がいた教室の電気を上のチビが消す
  • 床が硬いのとスペースが狭いのと家が気になるので全然寝れず0時ころまでひたすらTwitterを眺めてすごす
  • 雨風がおさまり、寝れないのと、やっぱりちょっと家が気になるので帰宅しようとするも市の方から「避難指示が解除されていないので……」と言われる。まさに東京側は氾濫していたので当然といえば当然か
  • 外出許可をもらい自分だけ自宅の様子を見に行く
  • 自宅に着き、水も来てないし停電断水もないことを確認し避難所に戻る
  • 市の方も交代で仮眠とりながら詰めてくれてる風、お疲れさまです
  • 家が大丈夫なので安心したのか、戻って6時くらいまで寝る
  • 6時過ぎくらいに避難所開放のアナウンス、5〜6時くらいの間で半分以上の人が帰ってた感じ
  • 毛布の回収を手伝ってくれる人を募るアナウンス
  • 下のチビが起きたタイミングで荷物持って帰宅

イメージしていたよりもっと場所が提供されるだけで行けば何とかなるというものでもないので、正直色々準備していった方が快適に過ごせます。山とかフェスとかアウトドアグッズ持ってる人も多かった。
これも書いてる人たくさんいそうですが、やっぱりパーソナルスペースが異常に狭いので人によるとは思いますが一晩でもそれなりにストレスです。帰ってきてめちゃくちゃ寝ました。これが数日におよんだらと思うと……
あとあれですね、避難しようか逡巡してるときにNHKずっとつけといたらめちゃくちゃ怖くなってきて「こら逃げなあかん」となったので正常化バイアス対策?それなりに効いているのでは、と。ただ今回のでちょっと慣れちゃった人もいるかも。

以上です、編集長!