DJ Cho Oyuインタビュー "なぜ山に登らないのか?"
2012年8月3日、日本のGORGE INを通じてmixcloud上に突如新作One Push*1をドロップしたDJ Cho Oyu(チョ・オユー)。hanaliを始めとしたジャパニーズ・ゴルジェからニュー・オーダーのようなルーツ・ゴルジェ、メルツバウやボアダムス、果てはボルビドマグースまでミックスされた一つの流れを、一気に遡行するようなOne Pushは、少なからぬ驚きを我々にもたらす共に、「ゴルジェってなんなの?」という多くの人の疑問にある一つの答えを与え得る、ある種野心的な作品とも言えるだろう。
DJナンガやDJローツェらとともに、最初期のゴルジェシーンにコミットした人物でありながら、殆ど表立った活動がないため今まで謎のベールにつつまれてきた彼が、何故いま日本のレーベルからリリースしたのか、そしてそもそもゴルジェとは何なのか、メールインタビューを敢行してみました。
http://www.mixcloud.com/gorge_in/yin-and-yang-push-2012-by-dj-cho-oyu/
― 簡単でも良いので、自己紹介をお願いできますか?
「DJチョ・オユーって名前でゴルジェのDJしてるよ。ナンガやローツェがシェルパ*2でパーティーやる時は大体一緒にやってる。ゴルジェをはじめる前はパンク・バンドでギターを弾いたり、レゲエのDJしたりしてたよ。まぁ、遊びだけどね。」
― DJナンガ達とはどうやって知り合ったんですか?
「もう随分前の話だけど、シェルパでパートタイムで働いてたんだ。そこでナンガがパーティーをやったんだよ、例の初めてゴルジェをプレイしたってやつ。シェルパって別にハードコアなパーティーばっかりやってる訳じゃなくて、普段は甘ったるいソウルとか、ムーディーなジャズとかそういうのが多くてさ。で、今日もそんなかなと思ってたらあの音だろ?(笑)笑ったよ。それですぐ声掛けた。お前スゴイな、って(笑)」
― それで意気投合して、ゴルジェパーティーを始めた訳ですか?
「まあ、そうだね。オレもアイツもクライマーだしそういう意味でも話は早かった。
でも、最初は手探りだったからさ。“ゴルジェと名付けたは良いが、でどうする?”って感じで(笑)GPL*3が出来るずっと前の話しさ。
ナンガは曲を作りながら自分の考えを深めていって、ある日オレやローツェに昨晩作ったっていうトラックを聞かせながら「これってずっとここにあったみたいな音だよな」ってつぶやいたんだよ。アイツは何気なく言ったみたいだけど、その言葉に引っかかってさ。オレはトラックを作らないから、ナンガがどうやってここに辿り着いたのか掘り下げてみようと思ったんだ。まさにゴルジュ*4に突入するような感覚さ(笑)それで色んな音楽を掘り始めた。そこにずっとあるはずのゴルジェを求めてね。それが今に繋がるオレのDJのルーツだね。」
― という事は、オユーさんはGPLや「”これはGorgeかもしれない”って思った瞬間、それはGorgeになる」といったゴルジェのメインコンセプトの策定にも深く関わっていた訳ですね?
「さぁ、どうかな。ナンガがいなければこの音楽はなかった、それだけは言えるけどね。」
― ゴルジェに関しては最近まで(今もって)あまり情報がなくミステリアスに感じている人も多いと思います。ナンガやローツェの様に比較的外向きに発言をしている人を除いて、殆どのブーティスト*5の事はその名前以外ほとんど知られていません。現地のシーンはどのような感じなんですか?
「敢えてそういう風にしてきた面もあるけど、基本的にこれはオレたちの生活だからね。日本から見たら大層なシーンがあるように映るかも知れないけど、こちらではとても小さなサークルだし普通の人には見向きもされない。ただ長く続けてきたおかげか、オレたちより遥かに下の世代のキッズ達もパーティーに来るようになった。少しずつだけどカルチャーになってきてるんじゃないかな。
プモ・リ*6やヒドゥン・ピーク*7とか、他のみんなも今でも変わらずつるんでるよ。仕事して曲作ってクライミングに行って週末にパーティー、お前らの生活と変わらないだろ?」
― 今回、One Pushを日本のGORGE INからリリースした経緯は?
「それはお前が一番知ってるんじゃないの?(笑)」
― 「Yin and Yang Push 2012」では、ここ数年の所謂ゴルジェ第二世代や、日本のブーティストの曲も多く収録されていますね?元々この辺の音源はチェックしていたんですか?
「もちろん。hanaliの事は前から知っているし、アイツが日本で何かやろうとしてるって事は聞いていた。ただ今回「Gorge Out Tokyo 2012」*8のプロモを聴いてビックリしたね。ここで鳴っている音は、俺達クルーだけでは辿り着けなかった音だと思う。
ナンガも参加してるし、ナンガ以上にナンガらしいトラックもあるが(笑)、すべてのトラックが世界的に見ても非常にユニークなものだと思う。今回そこからいくつかのトラックを使わせてもらって感謝しているよ。」
― そうかと思えば、中盤からはメルツバウやボアダムスが出てきて驚かされました。日本のアンダーグラウンド・シーンにもお詳しいんですか?
「メルツバウやボアダムスにはもはや“日本の”という形容はいらないんじゃない?
まぁ、パンクをやっていた頃から日本のノイズは大好きだった。オレにしてみたら、ゴルジェ・クラシックだよ(笑)オレにはゴルジェを始めてから掘り続けてきた膨大な量のライブラリーがあるから、それらを正しい流れの中に置いてやることでゴルジェライズ(Gorgerize)するのがオレのスタイルだ。」
― ニュー・オーダーやリップ・リグ・アンド・パニックもクラシックですか?
「それらはカラコルム山脈が出来上がった頃から既にゴルジェだね(笑)敢えて分析的に言えば、所謂ポスト・パンクのレコードにはヤバいゴルジェが多く存在しているし、ポスト・パンクやプリミティブなテクノ、ガバやテクノイズなんかは親和性の高いジャンルだとは思うよ。
ただ、既存のジャンルや歴史観で語ることは、殊、ゴルジェに関しては全く無価値なんだよね。オレのOne Pushを聞いてもらえれば分かると思うけど「DJキナバル*9とメルツバウのトラックを繋いでるという事実は東アジア地域において双方のアーティスト間でなんらかの影響関係があったことの証左ではないか?」みたいなこと言ってみても全然意味無いじゃん、全く関係ないんだからさ(笑)
タムを使ったヤバいトラックがあって、それを本来あった場所にそっと置いてやるってだけ。そうすると自ずと良いルートが見つかる。そしてそれはアートではない、決してね。」
― なんかご自身のDJスタイルやゴルジェ観についてうかがっていると、かつて殆ど存在を忘れられていた様なレコードから最高のグルーブを掘り当てたノーマン・ジェイのようなレアグルーブDJを思い出しました。
「なるほどね。音はだいぶ違うようだけど(笑)、その考えは否定しないよ。
ヒラリー卿*10だったか、マロリー*11だったか「なぜ山に登るのか?」と聞かれて「そこに山があるから」って答えたって話あるよね?オレに言わせるとその質問自体ナンセンスで「なぜ山に登らないのか?」って感じなんだよね。音楽を聴いていれば、そこかしこにゴルジェの欠片があるから、それを登らないのは人生を損しているのと一緒だよ。」
― 今回のOne Pushの中ではノイズやフィールドレーディングのようなノンビートのトラックもミックスされていますね?これらのトラックもゴルジェだとお考えですか?
「オレは“これはGorgeかもしれない”と思うね(笑)繰り返しになるけど、そのトラックが本来あるべき場所に置いてやっているだけだよ。
ゴルジェを説明する時よくこういう例えをするんだ。エベレストって、あれチベットではチョモランマって呼ぶだろ。だけどオレたちはサガルマータ*12と呼んでる。もっと昔の人間はデヴギリ*13と呼んでいた。自分が立っている場所、見上げる方角によって同じ山でも全く異なった表情を見せる。そもそも、みんな狙ってるルートが違うんだよ。音楽においては、ゴルジェもそういうヴァリエーション・ルートのひとつだと思うんだ。」
― 今回は貴重なインタビューありがとうございました。最後に日本のリスナーにメッセージがあればお願いします。
「Enjoy your Gorge!」
“Yin and Yang Push 2012” by DJ Cho Oyu
http://www.mixcloud.com/gorge_in/yin-and-yang-push-2012-by-dj-cho-oyu/
*1:註:ゴルジェのミックスのこと
*2:註:DJナンガを始めとしたオリジナル・ゴルジェ・クルーがホームにしているクラブ
*3:註:Gorge Public License
*4:註:Gorge=急峻にそびえ立った壁に挟まれた沢の意
*5:註:Gorgeのアーティストのこと
*6:註:DJ Pumori、ネパール人ブーティスト
*7:註:DJ Gasherbrum(ガッシャーブルム)のこと、パキスタン人ブーティスト
*8:註:GORGE INから同日にリリースされた日本初のゴルジェ・コンピレーション・アルバム
*9:註:フィリピンのブーティスト
*10:註:エドモンド・ヒラリー、エベレストを初登頂した英国の登山家
*11:註:ジョージ・マロリー、英国の登山家